Vitra Tokyo Office © Sohei Oya(Nacasa & Partners)
コロナ禍で新しい働き方が広まり、出社の目的も大きく変化しています。
今までは何となく出社して、自分のデスクに座ればよかったものが、テレワークやフリーアドレス制が導入されたことで、誰がどこで何をしているのか分からなくなったという声も少なくありません。
また、出社率も日によって違ったり、各社員がオフィスで行う仕事もミーティングから作業までと、既存のオフィスのレイアウトでは対応できなくなったと悩む企業も増えているようです。
そこで、この記事ではオフィスに可変性を持たせることで、社員の多様なニーズに応えることができた事例を紹介します。
フレキシブルなオフィスは、本当にメリットがあるのか?
今回はオフィスをフレキシブルなレイアウトで活用しているという、スイスの家具メーカー、Vitra(ヴィトラ)の東京オフィスを訪ねました。
オフィス構築の際に、スペースに固定の目的を持たせない方が空間を有効活用できると分かっていても、「出社して席が足りなかったらどうしよう」「社員がうまく使えないかもしれない」といった不安が先立って、なかなかオフィスの改善に手を付けられていない企業も多いようです。
そこで、実際にオフィスを利用しているヴィトラのマーケティング担当の後藤さんと、蘆原さんに、可変性のあるオフィスのメリットやデメリットなど、率直な意見を伺いました。
可変性のある家具とレイアウトを実現したヴィトラのオフィス空間
ヴィトラの東京オフィスは原宿駅近くの閑静なエリアに位置しています。モダンなビルの半地下にある260㎡の空間に、ヴィトラとグループブランドであるアルテックの製品がゆったりと配置されていて、エントランスを入った瞬間から、居心地の良さを感じることができます。
2015年に現在のビルに移転した際は、部署ごとにデスクと座席がある比較的スタンダードなオフィスのレイアウトを採用していたものの、コロナ禍でオフィスの概念が一転します。テレワークやオンライン会議の増加に伴い、2021年10月に“可変性のあるオフィス”へとアップデートしました。
部署ごとに働くスタイルから、アフターコロナの働き方に変えるために、オフィスの概念を一から構築したというヴィトラの取り組みを見ていきましょう。
ヴィトラが提案する「ダイナミック スペース」という概念
ヴィトラではパンデミック後のオフィスに求められる要素として「ダイナミック スペース」というコンセプトを提唱しています。
これは、スタッフやニーズの変化に柔軟にすることが対応できる、可変的な空間をオフィスに取り入れようという考え方で、会議室なら会議、執務室なら作業といった固定の役割を持つオフィス空間からの脱却を意味します。
今までオフィスのリノベーションを専門の工事業者に依頼する必要があったものが、可変性のあるインテリアを配置することで、必要に応じていつでも簡単に変えられることが大きなメリットです。
海外ではパンデミック以前から注目されてきた概念ですが、コロナ禍を経て日本でもテレワークやオンラインミーティング、ハイブリッド会議に対応できるオフィスの必要性が高まり、オフィスの可変性に対する需要が増えています。
レイアウトから見るオフィスの柔軟さ
「ダイナミック スペース」を体現できるプロダクトをオフィスに採用しているヴィトラですが、オフィス全体のレイアウトはコロナ禍前後で次のような変更が加わっています。
以前は部署ごとに業務スペースが分かれ、応接スペース、エントランスなど、空間の役割が明確に区分けされたレイアウトになっていました。
しかし、アフターコロナを意識したアップデートでは、空間をより広く使いながら、変化に対応できるレイアウトとなり、固定席も最低限のスペースに抑えられています。
それぞれのスペースについて、どのような使い方をしているのか、ヴィトラの後藤さんと見ていきましょう。
エントランスは社外にも社内にも使える場所
後藤さんによると「エントランスはヴィトラの顔となる場所なので、壁を使ってブランドの歴史を紹介したり、新作プロダクトのお披露目として製品を展示している」とのこと。
ロビーやエントランスは来訪者が一番初めに目にする場所なので、企業の発信スペースとして位置づけると、社内外へのメッセージが伝わりやすくなるでしょう。
「奥に見えているソファがある場所はお客さまにくつろいでもらったり、社外だけでなく社内の交流の場にもなっています。」(後藤さん)
また、コーヒーマシンを置いて飲み物を楽しみながら、ちょっとした話をすることで、社内のコミュニケーションの機会を作り出すことができるようになったようです。
会議室でかしこまったワン・オン・ワンでは双方が身構えてしまうので、自然な形で会話が弾む場所を用意しながら、社外の人へのおもてなしにも利用できるエントランスは参考にしたいアイディアといえるでしょう。
目的によって変化できるミーティングスペース
ヴィトラの東京オフィス内には壁で遮られた個室は存在しません。その代わりに、“ダンシング ウォール”という可動式のパーテーションを活用して、空間を作り出しています。
後藤さんによると「少人数のミーティングなら、一つの空間を2つに分けて使うので、テーブルの間に“ダンシング ウォール”を置いています。勉強会や10人以上の会議の時は“ダンシング ウォール”を移動させて、一つの空間として使っている」とのこと。
基本的にレイアウトは人数や用途によって、社員自らが変えるそうですが、フレキシブルだからこそダブルブッキングや調整が難しいこともあるのでは?と思いますが、思わぬ嬉しい副作用もあるようです。
「その都度、自分たちがやりたいことに添って必要な空間をセッティングしていきます。このオフィスになって、より来訪者に対して何を紹介したいかな?何をしたいかな?と流れを考えるようになった」と、自らが考えて、オフィスを活用する能動的な働き方が実現できているそう。
また、10~20人程度のスタッフであれば、わざわざ会議室を管理するシステムやアプリを使わなくても、チャットツールで情報を共有するだけで問題なく管理できる規模感です。
使い方やコミュニケーションの工夫をすることで、何となく働くスタイルから、自ら考えて創造していくクリエイティブな思考へと、シフトチェンジするきっかけにもなりますね。
オフィスに可変性をもたらすプロダクト3選
ヴィトラのオフィスで働く後藤さんと蘆原さんに、オフィスをフレキシブルに使えるおすすめのプロダクトを伺いました。
ここでポイントとなるのが「簡単に移動できるプロダクト」と「空間を作り出すプロダクト」です。
可変性のあるオフィスに欠かせないのは、簡単に空間を仕切ったり、用途を変えたりできる間仕切りの存在です。自立式のパーテーションを使っている企業も多いと思いますが、間仕切りに機能性を持たせることで空間の活用範囲が大きく広がります。
また、オフィスというとつまらない、殺風景というイメージがありますが、雰囲気の柔らかい遊び心のあるプロダクトを採用することで、より創造性が高まることが期待できます。
簡単に持ち運べて便利でワクワク感が出せる“スツール ツール”
必ずしもテーブルを必要としない集まりで活躍してくれるのが、この“スツール ツール”です。
一段高くなった台にノートPCを置くことができるので、このスツールにまたがってプレゼンや勉強会をする機会が多いとのこと。
L字型の形状はテーブルと椅子が兼用になっているので、人数分のテーブルがなくても集まりやすくなり「スツールに馬のように跨いだり、横に座ったりと、見た目にも楽しい感じになります。新しいことを伝えるときや、新しいことをしようと思った時に家具がそれを表現してくれて、ワクワクした雰囲気になる」と後藤さん。
取っ手がついていて片手で持てる重さなので、女性でも扱いやすいのが特徴。簡単に持ち運べる上に、重ねて収納できるので、スタッキングしておけばオフィス内でも邪魔にならないのが嬉しいポイントです。
空間のわけ方を自由に変えられる“ダンシング ウォール”
まず、後藤さんが最初におすすめのプロダクトとして挙げたのは、オフィス空間の間仕切りとして使える、“ダンシング ウォール”という可動式のパーテーション。
キャスターの付いたフレームに、様々なオプションを取り付けることができて、ただの間仕切りパネルとしてだけでなく、機能性を持たせることができる点が大きな特徴です。
・オフィスの書籍、観葉植物などを置ける棚
・オンライン会議やプレゼンテーションに使えるモニタースタンド
・ディスカッションやミーティングで活用できるホワイトボード
・色の変化を演出したり、メモや書類をピンどめできるファブリックパネル
・上着やコートなどを掛けることのできるハンガーラック
空間をしっかり分けたい時はモニタータイプやファブリックタイプを使い、社内の打ち合わせのようなカジュアルなシーンでは、棚タイプを使うと双方の存在が確認できながらも、お互いの声や内容までは分からないので、スペースを緩やかに区分けしてくれるそう。
壁の代わりになるほど頑丈な構造でありながら、女性でも簡単に動かせるので、間仕切りにしたり、棚にしたりとヴィトラのオフィスでも非常に使用頻度が高いアイテムになっています。
オフィスでどこにでも個室感を作れる“アルコーヴ シリーズ”
この日、蘆原さんは“アルコーヴ”という布製のパネルに仕切られたデスク空間から参加していましたが、その遮音性やプライベート空間を生み出せるメリットについて伺いました。
「実は初めからこの場所にあったわけではなく、後から必要性に応じて移動させ、“アルコーヴ”デスクのコーナーが設けられた。また吸音パネルが音の部分だけでなく、視覚的にもオープンスペースの喧騒から遮ってくれる集中できる空間。完全な個室ではないので、他のメンバーも声をかけやすくなる」と、蘆原さん。
オープンな空間が多いと、オンライン会議や集中して作業をしたい時に、どうしても周囲の雑音が入ってきてしまう問題が発生します。
そこで、吸音性のあるファブリック素材のパネルで囲んだデスクを、執務スペースから少し離れた場所に配置することで、音の問題を解決しながら、オンライン会議や集中して作業できる空間をつくることができました。
周囲への音漏れや、雑音が入らない空間が欲しいとなると、壁を作って個室を設ける必要があると思いがちですが、移動可能なオフィス家具でも、プライベート性のある空間を作り出すことは十分可能です。
オフィスの可変性は100%でなくてもいい
オフィスをフレキシブルに変えようといっても、全てのスペースを自由な用途にしてしまうと、逆に社員にとって戸惑いを感じる原因にもなりかねません。
企業の規模、社風、社員数、業務内容によって、可変性の割合をどの程度にするかを検討する必要がありそうです。
日本の企業は出社とテレワークをどちらも採用するハイブリッド型勤務が主流で、出社することではかどる仕事があるのも事実。
ヴィトラではデスクの役割をどのように考えているのでしょうか?
規模と用途によっては固定席がおすすめ
「ヴィトラでは経理やカスタマーサービスといったバックオフィス業務は、固定席になっている」とのことで、オフィスでないと対応が難しい仕事をしているなら、フリーアドレスよりも固定席の方がメリットになることも。
フリーアドレスは出社しているか分からない、出社していてもどこに座っているか分からないなど、オフィス内での存在が可視化されにくいのがデメリット。バックオフィス業務は社内とのやり取りが多くなるので、固定席のほうが声をかけやすかったり、気軽に質問できる導線が作り出せます。
逆にセールスやマーケティングなどの社外とやり取りが多い社員は、固定席を設けてしまうと、使われない時間が発生したりとスペースの無駄ができかねません。対外的な業務をメインとしているスタッフの席は、フリーアドレス制にした方が、限られたオフィスの空間を有効活用できるでしょう。
ちなみに、可変性のあるオフィススペースを活用できる企業について伺ったところ、後藤さんは「スタートアップや中小企業であれば、『ダイナミック スペース』のメリットを感じることができるのでは」といいます。
反対にオフィスビルの数フロアを使った1,000人規模のオフィスとなると、社員もスペースも役割が固定されていることがあり、オフィスの可変性を活かしきれないシーンも出てくることが想定されるでしょう。
変動性の高い仕事をする人だけでなく、固定の業務を行う人も自ずと増えるので、フリーアドレスが組織の混乱の要因になる可能性もあります。
「可変性のあるオフィスがどの企業にでもフィットするわけではないので、どの程度のフレキシブルさを自社のオフィスに組み込むかは、考えたほうがいい」とのこと。
自社の規模感や目的にあわせて、多様な目的に対応するスペースに割り当てる場所の比率を検討することが重要になりそうです。
使ってみて感じた可変性のあるオフィスのメリット・デメリット
ここまでヴィトラの東京オフィスを使って、多様な働き方を実践している後藤さんと蘆原さんに、オフィス空間の活用方法について伺ってきました。
可変性のあるオフィスのメリットとデメリットを整理すると、以下のような傾向が見て取れます。
メリット | デメリット |
・限られたスペースを有効活用できる ・場所の目的を限定しないことで、多様 なニーズに応えられる ・フリーアドレス制を導入することで、 オフィスの面積を縮小できる ・可変性のあるオフィス家具を採用すれば 工事不要で簡単にレイアウトが変更できる ・オープンなコミュニケーションが期待 できる ・自分で考えてオフィスを利用するチカラ がつく | ・誰がどこにいて、何をしているのかが 見えにくくなる ・スペースや使用時間を周囲と共有する 必要がある ・場所の役割を自ら考えなくてはいけない ・完全なプライベート空間が少ない |
クリエイティブな仕事に対して能動的に取り組める企業にとっては、可変性のあるオフィスはメリットを発揮できるといえます。
目指したい組織のあり方にあわせて、オフィスの位置づけを検討するのも一つの手段です。
とりあえず行く場所から、目的をもって行く場所へ
今までのオフィスは定時と呼ばれる会社から指定された勤務時間にあわせて出社し、決められたデスクに座って仕事をする場所でした。
しかし、コロナ禍を経た今はテレワークの導入も進み、自分の仕事をするだけであれば、自宅でも会社と同じ業務内容を行うことができてしまいます。
そんな新しい働き方が浸透した中で求められるオフィスの役割は「コミュニケーション」といえるかもしれません。
自分だけの仕事はどこでもできるけれど、“誰か”と仕事をする時にはオンラインの画面だけでは伝わらないことも多く、実際に対面でなければわからない空気感や雰囲気がより良い結果をもたらすことは、多くの人が実感していると思います。
人と人をつなぐコミュニケーションの場として、柔軟にスペースを活用できる余白を用意することが、これからのオフィス構築に求められる要素となるでしょう。
ソーシャルインテリアではオフィスインテリアの最新トレンドや商品情報を常に収集し、既存のオフィスが抱える問題を、家具だけではなく、空間という視点からプランできるデザイナーが常駐しています。
オフィスにフレキシブルなスペースを追加したいけれど、具体的にどうしたらいいか分からない、といった場合でも、御社の課題や希望をもとにレイアウトの段階からプランニングし、最適なソリューションをご提案することが可能です。
自社のオフィスを最大限活かせていない、新しい働き方にフィットするオフィスに改善したい、といった課題を感じているなら、まずはお気軽にソーシャルインテリアまでご相談ください。