オフィスの引越しに伴い、退去時の原状回復工事費用が想定以上に高いことなどが原因で、トラブルになるケースがあります。借主と貸主どちらが原状回復工事の義務を負うのか、どこまでが範囲に含まれるのか、法律も絡むため難しいと思っている人も多いでしょう。
一般的な賃貸住宅とオフィスとでは、原状回復工事の扱いが異なるため、スムーズに退去するためにも正しく理解しておく必要があります。
本記事では、オフィスの原状回復義務におけるポイントについて、2020年の法改正時における変更点も含めて解説します。原状回復工事の対象となる具体例も紹介しますので、ぜひお役立てください。
目次
原状回復工事の義務にまつわる誤解
オフィスや事務所の原状回復義務は、一般的な賃貸住宅の原状回復義務の範囲より広い、と言われることがありますが、これは誤りです。中には、オフィスや事務所における現状回復は、借主側が100%支払う義務を負うといった説明も見つかりますが、負担割合について法律などの裏付けはなく、言い切ることは難しいでしょう。
原状回復自体は法律で義務化されており、オフィスも含まれています。ただし、国土交通省による「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は民間の賃貸住宅に関する規定であり、オフィスなど事業用物件については記載の限りではありません。
法律など明確な基準は設けられていない上、事業用物件のマーケットの特性などの背景もあって、原状回復義務を借主側が負いやすい傾向にあるというのが現状です。
このように、オフィスの原状回復義務の範囲は誤解されやすいですが、オフィス退去時の原状回復の対象範囲は、契約書の内容が有効です。多くの場合、賃貸契約書の特約として追加されており、内容に沿って原状回復を行うこととなります。
そもそも原状回復工事とは
そもそも原状回復工事とは何なのかを説明します。原状回復工事とは、賃貸物件を退去する際に元の状態へ戻す工事のことです。賃貸オフィスでは、借主側が入居時の状態まで戻し、貸主に引き渡すことまでが原状回復の範囲として認識されています。
2020年4月施行の改正民法(621条)では、オフィスや事務所についても原状回復義務があることが明記されています。
とはいえ、具体的にどこまでが原状回復義務の対象となるのかは、物件や契約内容によって変わります。貸主との間でトラブルとならないためにも、契約を締結する前にお互いの認識を一致させておく必要があります。
原状回復工事について、詳細は下記記事で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。オフィスの原状回復工事はどこまでやる?工事範囲や相場・注意点を解説
オフィスの原状回復工事トラブルが多い背景
オフィスの現状回復義務は、契約書の特約で取り決められることが一般的です。退去時の状態によって工事内容が変わる可能性もあり、退去時に貸主側との間でトラブルになるケースも少なくありません。原状回復工事に関するトラブルが起きる背景にある3つの要因を説明します。
1.オフィスの原状回復義務の範囲
最初にお伝えした通り、オフィスや事務所の退去に伴う原状回復工事は、賃貸住宅のときよりも範囲が広いと法令で決められている訳ではありません。オフィスや事務所の使い方によっては、損耗の状況が大きく異なるため、契約内容に特約として設けてあるケースが一般的です。
「特約は「契約に双方が合意した結果、借主が原状回復工事を担う」という意味であり、民間住宅の範囲とそもそも異なるという誤解が生じています。
ただし、特約があれば借主が原状回復工事費を負担する義務がある、とは言い切れないため注意が必要です。特約をつけているかられば原状回復工事費用を別途請求して良いという意味にはならず、契約書内に明記されているか、口頭説明を通して認識・、合意があったという証明が必要とされています。借主は原状回復工事を見込んで高い賃料を支払っており、特約をつければ原状回復工事費用を別途請求して良いという意味にはなりません。少なからず、契約書内に明記されているか、口頭説明を通して認識、合意があったという証明が必要とされています。
その裏付けとなる事例として、最高裁による平成17年の判決を以下に示します。
引用:「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当」
(最高裁平成17年12月16日判決)
上記判決の内容は、オフィスの賃貸借にも適用されることが認められています。このように、オフィスにおける原状回復義務は、貸主と借主の合意の元で決定されます。特約は「契約に双方が合意した結果、借主が原状回復工事を担う」という意味であり、民間住宅の範囲とそもそも異なるという誤解が生じるために、誤解やトラブルの元となりやすい状況があります。誤解やトラブルの元となりやすい状況があります。
2.原状回復工事の価格競争ができない
事業用物件の場合、管理会社や工事の施工会社が固定されている場合が多いため、価格競争によって原状回復工事費用を動かせないことも要因となっています。オーナー側の指定業者を利用して工事するよう決まっており、自ら担当業者を探してくることは認められていない場合がほとんとです。
そのため、相見積もりをとりづらく、施工業者の言い値で契約するしか選択肢がないため、高額になることでトラブルにつながってしまいます。ただし、実際に必要な原状回復工事の範囲以上の費用を請求される可能性もあるため、請求内容はよく確認する必要があります。
3.オフィスを利用する事業者は守られにくい
一般的な賃貸住宅と違って、オフィスや事務所を利用する事業者は、法的な保護が受けづらい点も挙げられます。民間賃貸住宅であれば、個人や家族が家を借りる際に特約内容などでトラブルになったとしても、消費者契約法などで守られる可能性があります。
対して、オフィスビルや店舗の賃貸借契約では、賃借人は事業者であり、消費者契約法の適用はありません。加えて、「事業者は消費者と違って、利害得失を適切に判断できる能力と知識があり、法律や裁判所の支援は不要」という考え方がベースにあるため、守られにくいと言えます。
2020年4月の民法改正のポイント
オフィスや事務所の退去時に、高額な原状回復費用を見積もられ、トラブルになる事例があったものの、2020年4月の民法改正がその状況を大きく変えました。民法改正前は、原状回復義務について明記されていない部分がありましたが、改正後には以下の条文を盛り込み、「原状回復は借主側が借りた当時の状態に戻すことではない」ことを明確化しています。
【民改正民法621条】(賃借人の原状回復義務)
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年の変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
参照:e-Gov法令検索
ただし、改正後に締結した契約のみ適応とされる内容であるため、旧民法の契約終了でトラブルになってしまった場合は、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」などを参照する必要があります。
以下では、法改正のポイントである原状回復義務の定義とルール、そして敷金の定義について解説します。
1.原状回復義務の定義と3つのルール
2020年4月の法改正における1つ目のポイントは、原状回復義務の定義が明確にされたことです。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」によれば、借主が負担すべき原状回復費用は以下のようにと定められています。
「貸借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等」
また、「賃借物の自然的な劣化、損耗等(経年変化)や、賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)」は、貸し手側の負担であるという考え方を明確にしました。
同ガイドラインで定められている原状回復ルールをまとめると、以下3つに集約できます。
〈原状回復の3つのルール〉
①賃借人は賃貸借が終了したときは賃借中の損傷について原状回復義務を負うこと
②通常損耗、経年変化については原状回復義務を負わないこと
③賃借人に帰責事由がない損傷については原状回復義務を負わないこと
以上は新しいルールではなく、法改正のもとで今までトラブルになりがちだった箇所について基準を明確化したに過ぎません。とはいえ、曖昧だったオフィスの原状回復義務について法的な効力による整備が進むきっかけとなりました。
2.敷金の定義
法改正のポイントの2つ目は、敷金の定義が明らかにされたことです。敷金に関する条文を以下に記載します。
【改正民法622条の2】
賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
参照:e-Gov法令検索
上記条文によって、敷金が「賃料債務=家賃滞納)」に備えて受け取るお金であることが明文化されました。また、判例に基づき、借主の債務を敷金から充当することができないことが明確化されています。
借主が原状回復しなくて良い例
オフィスの原状回復工事では「通常損耗」や「経年変化」に該当する部分は、改正民法において借主の現状回復義務に含まれないと定められています。
「通常損耗」とは、借主の通常の使用によって生ずる損耗等のことです。例えば、家具の設置による床や絨毯のへこみ、冷蔵庫やテレビの後ろの壁紙についた黒ずみなどが該当します。壁に残った画鋲やピンの跡も、下地ボードの張り替えが不要な程度であれば、通常損耗として扱われます。
また、「経年変化」とは、時間の経過とともに自然に劣化・損耗することを意味します。例えば、日焼けによるフローリングやクロスの変色、寿命が来た設備機器の故障などです。
通常損耗・経年変化とみなされないものの例
通常損耗や経年変化とみなされないものは、借主側が原状回復する必要があります。改正民法では「借主の故意や過失によって生じた破損や汚損は、借主の負担」である旨が明記されています。以下のような項目は、基本的に借主側の原状回復義務に含まれます。
- 壁紙や天井についたタバコのヤニや臭い
- 飲みこぼしなどの汚れを放置した際のカーペットやフローリングのシミ
- 日常的な清掃を怠ったことによる給湯室の油汚れやトイレの水垢
- 下地ボードの張り替えが必要な壁の穴
- 雨の吹き込みなど、借主の不注意によるフローリングの色落ち
- 借主が鍵を紛失した際の鍵の取り替え
- 設備機器を適切に使用しなかったために起こった汚損
原状回復の義務を正しく理解して慎重に契約を結ぼう
オフィスの原状回復は、退去時に大きな負担となる場合があります。2020年の民法改正で「借主の通常の使用によって生ずる損耗や経年変化については、借主は原状回復をする義務がない」と明記されました。家具設置による床のへこみやクロスの自然劣化などは、借主側の負担とはなりません。
ただし、オフィスの原状回復義務について契約書の特約で記されている場合は、原状回復ガイドラインよりも特約が効力を持つ点に注意が必要です。トラブルなくオフィスを退去するためにも、原状回復について認識を貸主と一致させておくとともに、特約への合意は慎重に行う必要があります。
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