仲 隆介先生連載|働く人のWell-being向上 最終話「ウェルビーイングのその先へ ― ブエン・ビビールという生き方」

こんにちは。前回お約束した、ブエン・ビビールの話をしますね。

この連載で、「ウェルビーイングとは“今ここ”を愉しむ感覚である」という話を、仕事のリズム、場の選び方、身体知、自然とのつながりを通して考えてきました。ウェルビーイングは、何かを「手に入れる」ことではなく、いま自分が置かれている時間と環境の中で、自分が満ちていると感じられる状態のことだとお伝えしてきました。最後に、その視野を少し広げてみたいと思います。

ウェルビーイングは「個の内側」にとどまらない

私たちは、社会の中に生きています。仕事をするのも、誰かと共に暮らすのも、自然の中で呼吸をするのも、すべて関係性の中にあります。だから本当のウェルビーイングは「私が気持ちよく生きられているか」だけでは完結しません。私が満ちていても、隣の人が苦しんでいたら、自然が損なわれていたら、どこかにひずみが生まれ続けます。

では、どうすれば良いのか。そこで、「ブエン・ビビール」の登場です(^^)。

ブエン・ビビール

南米アンデスの先住民の言葉に、Buen Vivir(ブエン・ビビール)/Sumak Kawsay という概念があります。直訳すれば「良く生きる」ですが、ここで言う「良さ」は、豊かさ・成長・効率といった軸では測れません。

それは、個人、仲間、社会、自然、そして地球がともに“善くある”こと。つまり、幸福を「関係性」で捉える生き方です。ブエン・ビビールは、ウェルビーイングを否定するものではありません。むしろ、ウェルビーイングを“個から世界へ”と拡張する思想です。

ウェルビーイングとブエン・ビビールの関係

どちらが良い・悪いではなく、ウェルビーイングが“点”なら、ブエン・ビビールは“面”のようなもの。ウェルビーイングは、「自分が満ちている」状態。ブエン・ビビールは、「満ちている自分が誰と何とつながっているか」を思い出す状態。その延長線上に、生きる喜びは深まっていきます。

すでに、この連載で、その実践方法を考えてきましたよね。気持ちの良い場所で働くこと。自然の光や風に合わせて居場所を変えること。身体の声を聞きながら仕事をすること。仲間とゆっくり話すこと。リズムを整えること。これらはすべて、「自分と環境と関係の調和」を取り戻す営みでした。

「ソトワーク」で風、光、木陰、湖面の揺らぎ。自然と対話しながら働く時間は、自分だけではなく、まわりの世界と一緒に「生きている」実感をくれます。そこで生まれる会話は深く、アイデアは柔らかく、呼吸は穏やかになります。まさに、小さなブエン・ビビールの実践なのです。

結び

「よく生きる」とは、何かを所有することではなく、いまある関係を慈しみ、ともに善く在ることを選び続ける生き方。ウェルビーイングからブエン・ビビールへ。“私が満ちる”だけでなく、“私たちが善くある”。そして、“私たちを取り巻く環境の大切さも忘れない“。

その生き方は、風の中に、光の中に、仲間との対話の中にあると思うのです。

合同会社Naka Lab. 代表 / 京都工芸繊維大学 名誉教授
知識情報社会における建築・都市をテーマに様々な活動と研究を行う。
特にこれからのワークプレイスに力を注いでおり、企業や協会と共同で次世代の働き方とワークプレイスを模索する活動を展開している。
また、新世代クリエイティブシティ研究センターセンター長(2018年まで)、日経ニューオフィス賞審査委員、国道交通省オフィスの知的生産性研究委員会建築空間部会主体研究WG主査、国道交通省次世代公共建築研究会新ワークプレイス研究部会長、長崎新県庁舎、兵庫県庁舎など多くの自治体のアドバイザーなどを務める。